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何となく考えていることなのだが、現代美術は壮大なフィクションじゃないかという気がしてならない。なぜ現代美術を買うのかな?投資して儲かるから?自分の世界を代弁するから?かっこいいから?なんだろう?なんだろう?
自動車と同じようなものと考えるべきなのか?鉄とプラスチック、その他、油脂を注入した機械が安ければ無料で譲ってもらえて、高いとビンテージマシンを高額なオークションで落札する。 それにまつわるイメージを売り買いしているのだろうか?移動をより効率的に、機敏にする手段なのか? ネクタイと同じだ、と言った知人がいる。その絵柄が気に入るか、気に入らないか、だと。 私は編集者や書き手としての仕事が多いので、どうしても作り手に近い視点を持ってしまう。 作り手がそこそこ食えればいいと考えるのだ。 現代美術に関わらず、金銭を介在させて、モノを動かす仕事の価格は、ゼロから無限大だ。 現代美術は凄いと、壮大なフィクション、架空的な価値をでっち上げて、大金を動かすカジノ的なシステムを構築する。いわばビットコインの世界だ、と考えるのは間違っているのか?それがアートマーケットだ、と言ってしまったら、身も蓋もないのだろうか? PR |
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